最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)1141号 判決 1970年7月21日
上告人
安井おとく
代理人
宮本基
外四名
被上告人
鈴木貞夫
代理人
入谷規一
外二名
主文
原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人鈴木匡、同大場民男、同清水幸雄、同林光佑の上告理由第三点ないし第八点について。
原判決は、上告人と被上告人との間に、昭和二三年一〇月二三日、本件土地は昭和二一年一月一日から二〇年間賃貸したこととし、期限到来と同時に明け渡すべき旨、およびその明渡につき強制執行を受けても異議がない旨の裁判上の和解が成立したことを確定したほか、右賃貸借成立前後の事情をも認定し、これらと右和解条項の文言等を勘案したうえ、「本件和解による本件賃貸借については、約定期限後は更新をなさないことが特に約定されたものであり、本件賃貸借契約は借地法の更新に関する規定の適用を排除する意味において同法第九条のいわゆる一時使用の目的をもつて締結された賃貸借と認めるのが相当である。」と判示している。
しかしながら、土地の賃貸借が借地法九条にいう一時使用の賃貸借に該当し、同法一一条の適用が排除されるものというためには、その対象とされた土地の利用目的、地上建物の種類、設備、構造、賃貸期間等諸般の事情を考慮し、賃貸借当事者間に、短期間にかぎり賃貸借を存続させる合意が成立したと認められる客観的合理的理由が存することを要するものである。そして、その期間が短期というのは、借地上に建物を所有する通常の場合を基準として、特にその期間が短かいことを意味するものにほかならないから、その期間は、少なくとも借地法自体が定める借地権の存続期間よりは相当短かいものにかぎられるものというべく、これが右存続期間に達するような長期のものは、到底一時使用の賃貸借とはいえないものと解すべきである。けだし、本来借地法の認めるような長期間の賃貸借を、右にいう一時使用の賃貸借として、同法一一条の規定を排除しうべきものとするならば、その存続期間においては同法の保護に値する借地権において、更新その他個々の強行規定の適用を事前の合意により排除しうる結果となり、同法一一条の適用を不当に免れるおそれなしとしないからである。
したがつて、本件のように、賃貸借期間が二〇年と定められた場合においては、それが裁判上の和解によつて定められたとか、右契約締結前後の事情いかんなどは、賃貸借期間満了の際、更新拒絶の正当事由があるか否かの判断にあたり、その一資料として考慮するのは格別、それらの事情のみから、右賃貸借を一時使用のためのものと断ずることはできない。
それゆえ、原判決は、この点において借地法九条の解釈適用を誤つたものというべく、この誤りは原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は、その余の判断をまつまでもなく破棄を免れない。そして、本件は、さらに上告人の本訴請求の当否について審理する必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条を適用して、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)
上告代理人の上告理由
第一点、第二点<省略>
第三点 原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかに借地法に違背し、破棄を免れない。
一、原判決は、
(1) 控訴人方が再び旅館業を営む日を待つていたこと。
(2) 被控訴人が「一引」という小料理屋を営んでいたこと。
① 三〇坪
② 四〇坪
③ 二四五坪余}合計三一五坪二六(以下従前地という)
と借り増していつたこと。
(3) 被控訴人が右二四五坪の土地を除く土地上にバラック建物を造つたこと。
(4) 右従前地が一四五坪二七と減歩されて、仮換地指定があつたこと。
(5) 控訴人が明渡訴訟を提起し、本件和解が成立したこと。七〇坪につき仮処分をしたこと。
(6) 和解条項の内容と意味。
(7) 本件土地の賃料の値上げと昭和三二年以降は不値上げ。
(8) 昭和四〇年後の推移。
を認定した上、
「A 右認定事実、特に本件和解成立に至るまでの経緯(右(1)から(5)…上告代理人註)並びに本件和解において賃貸期限の到来による本件土地の明渡しにつき強制執行を受けるも異議がないことを約定していること」を考えると、
「B 本件和解による本件賃貸借については、約定期限後は更新をなさないことが特に約定されたものであり、」
「C 本件賃貸借契約は借地法の更新に関する規定の適用を排除する意味において同法第九条のいわゆる一時使用の目的をもつて締結された賃貸借と認めるのが相当である。」としている。
二、しかし、右は借地法第九条の
前七条の規定は臨時設備其他「一時使用の為」借地権を設定したこと
の解釈・適用を誤つたものである。
三、1 本件和解調書の和解条項第六項は、「昭和二一年一月一日ヲ始期トシ期限二〇年即チ昭和四〇年一二月三一日迄賃貸シ」とある。
2 わざわざ二〇年の賃貸借契約としているのである。
3 この「二〇年」という期間を右借地法にいう「一時」という日本語と同じものと読むことは、一般人・常識人として到底読むことはできない。
4 まして、借地契約において、存続期間の合意をしない場合は三〇年となる(借地法第二条)ので、存続期間の合意をする場合は、通常二〇年とする慣例を知つている法律家においておやである。
5 二〇年の借地契約は、最も普通の、また、最も典型的な或いは最も数の多い契約なのである。この契約をもつて、「一時使用」の賃貸借とみるならば、もはや借地法の適用となる賃貸借と、同法の適用の排除される賃貸借とは区別がつかなくなるのである。
6 原判決は、すでにこの点において破棄を免れない。
7 貴庁が一時使用と認めた判決のうちで、期間が比較的長いと思われるものをあげると、
① 昭和三二年一一月一五日判決民集一一巻一二号一九七八頁が七年。
② 昭和三三年一一月二七日判決民集一二巻一五号三三〇〇頁が八年。
③ 昭和三六年七月六日判決民集一五巻七号一七七七頁が一〇年。
である。
いずれも二〇年とほど遠いし、また、二〇年という期間とそれより短い期間というのは質的な違いがあることは前述のとおりである。
以下<省略>